『優雅な男性』の部屋を表現するときにテーブルの上に何がのっていますか?
コーヒーと腕時計と万年筆。今も昔も定石ですね。また、契約するときに万年筆でサインをすると
うまくいくと昔から話されていますし、実際に調印など際には今でも万年筆です。
と言うことで、今回は男の価値を数段上げる万年筆について特集しましました。
万年筆は他の筆記具と違い、丁寧に扱えば万年使用することが出来ます。
また、書き続けることによって、持ち主のくせにあわせたペン先になりますので、さらに書きやすくなるこだわりの愛着アイテムでもあります。
こだわりの万年筆をブランド別にご紹介致します。
パイロット(日本)
パイロット万年筆は1918年(大正7)に設立者の並木良輔氏と和田正雄氏により株式会社パイロットの全身である株式会社並木製作所として 設立されました。
明治39年、並木氏が母校の教授として指導にあたっていた時に、製図を引くための「烏口」に苦労しているのをみて、 軸にインクの貯蔵部をもつ烏口を開発した後、万人に愛される「純国産万年筆」の開発を始めました。 羅針盤を見て錆びる事のないイリジウムをペン先に使うなど工夫と苦労を重ねてついに「金ペン」を作りましたが、いよいよと言うところで 資金が底を尽きてしまいました。その時に和田氏が周囲の人に掛け合い、現在の数千万円という大金をかき集め、 「証文もいらぬ」と援助してくれました。こうして「純国産パイロット万年筆」が出来たのです。 その後も、日本の文化である蒔絵を取り入れて、品質の良い日本製万年筆の魁になるとともに 世界的にも有名な万年筆となりました。
ちなみにパイロット万年筆の商標は(商船学校出身であることから)パイロットと浮き輪で出来ていますが、 パイロットは、船団の一番先頭になる船の船長の事を呼ぶ「パイロット」であり、<先導者・先駆者・第一人者>を表し、 浮き輪は、どんな海難が起こっても絶対に沈まないと言う、<不屈の意気>を表しています。
セーラー(日本)
セーラー万年筆は1911年(明治44年)に阪田久五郎氏により、広島県呉市稲荷町に阪田製作所として 設立されました。

阪田氏は、兄の知人に洋行土産としてもらった万年筆を元に研究を始めました。 海軍工廠で腕を磨き、兄の金属金具工場で研究を進めました。 インクの酸で腐食しない素材を見つけることに苦労したり、均等にインクを出すための工夫を行ったりと 努力した結果、ついにペン先をふたつに分けることで濃淡を均一にすることに成功し、 爆発的な販売数を誇るようになりました。
セーラー万年筆の元の商標は錨に水兵が跨っている形ですが<ひとりの提督より多くの水兵(セーラー)>を表しているそうです。 (戦後の軍国主義を煽るという批判により現在は使われていません)
プラチナ(日本)
プラチナ萬年筆は1919年(大正13年)に岡山で輸入万年筆の販売をしていた中田俊一氏により東京の上野で中屋製作所として 設立されました。

中田氏はカタログによる通信販売で販売数を伸ばしました。 その後、ガラス製のカートリッジをポリエチレン製にすることに成功し、プラチナブランドを有名にしました。 プラチナ万年筆の商標はプラチナで<金属の王者>と<業界の王者になること>を表しているそうです。
パーカー(イギリス)
パーカーは1892年にジョージ・サッフォード・パーカー氏によりパーカー・ペン・カンパニーとして設立されました。

パーカー氏は余計なインクを軸内に戻すラッキーカーブペンを開発し一躍有名になりました。 その後、自動吸入式ペンの特許を取得したり、胴軸にあるボタンを押してインクを吸い上げるボタンフィラー式の 吸入方式を開発するなど積極的に開発を続けました。 このように、歴史に残る万年筆を次々と開発し、世界中の人々が欲しがるペン(The World’s Most Wanted Pen) を作り続けています。
モンブラン(ドイツ)
モンブラン1906年にドイツの文具商クラウス・ヨハネス氏、銀行家クリスティアン・ラウゼン氏、 ベルリンのエンジニアヴィルヘルム・ジャンボア氏によりシンプロ・フィラーペン・カンパニーとして設立されました。
3人はスポイト式の万年筆を製作し、販売を始めました。 当初は資金難に喘ぎますが、キャップ内にピンをつけ、キャップを閉めるとピンがペン先を保護するセーフティーペンを 開発し、有名になりました。 1924年のマイスターシュテュックは万年筆の歴史上で最も有名な一品とされています。 世界中の重要な調印でマイスターシュテュックが使われ、世界の文豪にも使われたことから、マイスターシュテュックによって 20世紀の歴史が作られたとも言われています。
ペリカン(ドイツ)
1832年、ドイツの科学者カール・ホーネマンが、独自製法による絵の具の生産をもとに 1929年に万年筆の販売を開始しました。

万年筆の販売を開始した当時から万年筆の精密さにおいては、ヨーロッパ一と言われていました。 トーマス・マンやレマルクなどの文豪も使用していました。 その後も開発を続け、新しいインク注入方式のレベルペンを発売し、 世界的に有名になりました。 1997年には、世界の万年筆人気投票で、ペン・オブ・ザ・イヤーも獲得しました。 ペリカンの商標はペリカンの母子像ですが、1863年に経営参画したオーストリアの化学者ギュンター・ワーグナー の家紋で<母子愛の象徴>を表しているそうです。



